中嶋悟 Satoru Nakajima

<F1での通算成績>
参戦期間:1987年開幕戦ブラジルGP〜1991年最終戦オーストラリアGP
出場レース数:74戦(参戦数:80戦)
ワールドチャンピオン:0回(最高位12位、1987年)
勝利数:0勝(最高位4位、1987年イギリスGP・1989年オーストラリアGP)
ポールポジション:0回(最高位6位、1988年メキシコGP・日本GP)


日本人初のF1レギュラードライバー、中嶋悟。
ピケやマンセルと同世代で、近年ではまずあり得ない34歳でのF1デビューでした。
当時、中学生だった私は現役時代の中嶋さんをほとんど知らないんですが、成績以上に開発能力やセッティング能力を高く評価されていたそうです。
長男の一貴も20年後の2007年にF1デビューし、日本人では初の親子F1ドライバーとなりました。

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<F1以前の経歴>
1953年2月23日生まれ、愛知県岡崎市出身。
高校在学中にカートを始め、高校卒業後はガソリンスタンドに就職、資金を稼ぎながら本格的なレース活動を開始します。
1981〜82年に国内トップカテゴリーである全日本F2を連覇、84〜86年にかけて3連覇を果たします。
F1との関わりは、82年にレース優勝の副賞としてロータスのテストを経験、84年からはホンダF1のテストドライバーを務め、ウィリアムズのマシンをドライブします。

<1987年シーズン(全16戦)>
所属チーム:ロータス・ホンダ(Car No.12)   出場レース数:16戦
予選最高位:11位   決勝最高位:4位   ランキング:12位

34歳にしてロータス・ホンダからF1デビュー、日本人初のF1レギュラードライバーとなります。
チームメイトは次期チャンピオン候補の筆頭、アイルトン・セナ。
ホンダエンジン勢(ウィリアムズ・ロータス)が1−4位を独占したイギリスGPでの4位を含む4回の入賞を果たし、ランキング12位でデビューシーズンを終えました。
[1/64] サークルKサンクス京商
LOTUS 99T
ロータスフォーミュラカーダイキャストプルバック
LOTUS 99T

<1988年シーズン(全16戦)>
所属チーム:ロータス・ホンダ(Car No.2)  出場レース数:14戦
予選最高位:6位   決勝最高位:6位   ランキング:16位

セナがマクラーレンへ移籍、ウィリアムズから加入した現役チャンピオンのネルソン・ピケがチームメイトとなり、カーナンバー2を付けることになります。
2年目のシーズンはコースに慣れたこともあり、開幕戦ブラジルGPで幸先良く6位入賞するものの、マシントラブル等もあって以降は入賞できずランキング16位。
[1/64] サークルKサンクス京商
LOTUS 100T
[1/43] MiniChamps
LOTUS 100T (TS Demo Run)

<1989年シーズン(全16戦)>
所属チーム:ロータス・ジャッド(Car No.12)   出場レース数:13戦
予選最高位:12位   決勝最高位:4位   ランキング:21位

ホンダエンジンを失ったため、ジャッドエンジンを搭載したロータスは戦闘力も低く、ピケと共に苦戦を強いられます。
入賞できないまま迎えた最終戦オーストラリアGP、激しい雨の中で23番グリッドスタートから好走を見せた中嶋は日本人初のファステストラップを記録、4位入賞を果たしました。
入賞はこの1回のみでランキング21位と年々ランキングを下げていきます。
[1/64] サークルKサンクス京商
LOTUS 101

<1990年シーズン(全16戦)>
所属チーム:ティレル・フォード(Car No.3)   出場レース数:15戦
予選最高位:9位   決勝最高位:6位   ランキング:15位

3年間在籍したロータスを離れティレルに移籍、チームメイトはフル参戦1年目のジャン・アレジ。
非力なフォードエンジンを搭載するティレルでは前年同様に苦戦を強いられると思われていましたが、開幕戦アメリカGPで6位入賞を果たす予想外の健闘。
しかし、チームメイトのアレジはセナとバトルを繰り広げて2位表彰台を獲得しており、4シーズン目もチームメイトの陰に隠れてしまいます。
マシンの信頼性が低く、完走わずか5回でしたが、イタリアGP・日本GPでも6位入賞を果たし、ランキング15位でシーズンを終えました。
[1/64] サークルKサンクス京商
Tyrrell 019

<1991年シーズン(全16戦)>
所属チーム:ティレル・ホンダ(Car No.3)   出場レース数:16戦
予選最高位:10位   決勝最高位:5位   ランキング:15位

アレジがフェラーリに大抜擢され、ステファノ・モデナをチームメイトに迎えた5年目のシーズン。
前年のチャンピオンエンジンであるホンダV10の搭載が決まり、期待が高まったシーズンでしたが、終わってみれば開幕戦アメリカGPでの5位入賞のみ。
体力と視力の衰えから引退を決断したF1最後のシーズンを前年と同じランキング15位で終えました。
[1/64] サークルKサンクス京商
Tyrrell 020

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